シカの「落ち穂拾い」
――フィールドノートの記録から
辻大和
観察のきっかけ
宮城県牡鹿半島の沖にある金華山は、面積約10平方キロメートルの小さな島だ。ブナやモミの原生林が残り、ニホンザルやニホンジカをはじめ、野生の生き物が数多く生息している。私はこの島で、サルの採食行動について研究してきた。
島には現在約二百頭のサルがいて、六つの群れを作って生活している。私が研究のために観察してきたのは、島の北西部にいる群れである。この地域には、サルの他に、三百頭近くのシカも生息している。ただ、サルは樹上を、シカは地上を主な生活の場としているため、この2種の動物は互いに無関係に暮らしていると考えられてきた。
ところが、2000年5月23日、いつものようにサルを観察していたときのことだ。フィールドノートに記録をつけていた手を止め、私は思わず目の前の光景に見入ってしまった。驚いたことに、数頭のシカが、サルが採食している木の真下に集まり、サルの落とした葉や花を奪い合うようにして食べ始めたのである。なかには、サルの重みでたわんだ枝に食いつき、普段は届かない所にある葉を食べているシカもいた。下は、その日のフィールドノートの一部である。
後日、文献を調べたところ、樹上の動物が落とした食物を地上の動物が採食するという行動は、ミレーの名画になぞらえて「落ち穂拾い」とよばれていることがわかった。ただ、その詳細が検討されることは、これまであまりなかったようだ。
「落ち穂拾い」に興味をもった私は、その後もシカの同様の行動を見かけるたびに、フィールドノートに次の項目を記録することにした。